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【私のために尽くすのよ】同居の義母がヤバすぎて離婚を決意した体験談

投稿日:2021年8月20日 更新日:

~私史上一番の辛い思い出、それは義母との同居~

あなたは、自分の立ち位置を低くすることで、相手から攻撃されていると思い込む厄介な人に出会ったことがありますか?

相手からこうされた、ああされたと吹聴して同情を買い、周りの人たちを意のままに操っていく、そういう人です。

私はあります。

そう、それは義母。

彼や義姉たち、義母の妹を巻き込んで私への数々のボディーブローやアッパーを決めてくる義母。

何度も反撃を試みた私でしたが、レフェリーの彼は“被害者意識全開パンチ”を繰り出す義母サイド。

これでは勝ち目はありません!

10年以上つきあった彼とすったもんだあった末に結婚した私ですが、彼との未来よりもKOされる前にさっさと試合を棄権して、リングを降りる道を選びました。

終了のゴングが鳴るまでの試合期間は、ざっと11か月。

(でも本当は約6か月。なぜかと言うと私が実家に帰っちゃったから。そう、私たちの結婚生活は1年満たずにThe End…)

涙でパンパンに膨れ上がった顔で、ヘロヘロになりながら会場を後にする私の話。

笑って読んでもらえたら嬉しいです!



結婚前の私と彼と義母‐同居離婚前‐

まずは、結婚前の私と彼と義母について紹介をしたいと思います。

《私》

  • 当時35歳のOL
  • 完璧主義でテキパキと仕事をすることが好きなタイプ
  • 人の気持ちに共感しやすく、私が何とかしてあげると思うタイプ
  • 「幸せにしてもらいたい」よりも、「私が幸せにしてあげる」という気持ちが強い

《彼》

  • 当時36歳の会社員
  • 3人姉弟の末っ子で、8、7歳と年齢差がある年子の義姉がいる
  • 小学生の頃に父親を亡くしたショックで学校を2年ほど休むが、6年生で戻ると誰よりも成績がよく「神童」と呼ばれた
  • 義母を誰よりも大切に思っている

《義母》

  • 当時68歳。
  • 親族の借金の保証人になっていたので、彼が小さい頃は昼夜を問わず働いていた
  • 身寄りのない人や困っている人を放っておけず、自分の家庭よりも他人を優先する
  • 人から尊敬のまなざしで見られたい
  • 低血圧・低体温症のため、外に出たら急に倒れて車に轢かれて死んでしまうと思っている
  • 口癖は「今日死ぬと思う」

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“カーーン!”

ゴングが鳴り、チャンピオンベルトをかけた約6か月の戦いが始まりました!

開始直後からすぐさま数々のジャブが義母から打たれてきます。

果たしてどんな試合になるのでしょうか!?

ほらほらきたぞ、ジャブ1!

①結婚式から7日目

義母:「主婦業をやりたいなら、私に頭を下げて一言いうのが当たり前。私の方が主婦として先輩よ」

私 :「‥‥。(お部屋の掃除もトイレの掃除も、家具のワックスがけもお洗濯も、私が全部やっているんだけどな。そういう先輩は、自分のお部屋も掃除しませんし、私が夜に洗濯をするまで洗濯機に洗濯物が入れっぱなしですよね…)」

またきたぞ、ジャブ2!!

②結婚式から14日後。

義母:「私は今までいろいろな人のサポートをしてきたの。だから友人たちから『自分の家庭を犠牲にしてまで他人に尽くせるなんてすごいわ、あなたって神様みたい。今まで人に尽くしてきた分、これからは誰かから尽くしてもらう番ね』って言われたわ。あなたは「神童」と呼ばれた息子と結婚したのよ。その子を産んだのは私。もうあなたは娘も同然なんだから、これからは私のために尽くすのよ」

私 :「‥‥。(私は彼と結婚したけれど、それはあなたに尽くすためではありません。これから一緒に過ごす中で、いろいろと支え合いながら、あなたへの尊敬の念が生まれるんだと思います。尽くすかどうかなんて、今のところまったくわかりません…」

義母:「もしあなたのご両親と私とが同時に病気になったら、真っ先に助けるのは当然私よね」

私 :「‥‥‥‥。(いえ、間違いなく両親です…)」

もしかして、反撃のチャンス到来?

③結婚式から1か月後。

義母:「キッチンに入ってこないで!ここは私の領域よ!!」

私 :「《彼》さんに聞いていないですか?今日から夕飯を作って欲しいって言われたんです。朝ごはんを作っている時、低体温だから包丁を持つ手が震えて手首を間違えて切っちゃうかもしれない、って言っているのを心配しているみたいですよ。だから朝はお義母さんに、夜は私に作って欲しいって」

義母:「そんなことあなたの作り話よ!私の食事が美味しくないから、自分で作りたいのね!!《彼》さんがそんなことを言うことなんて嘘よっ!!!」

私 :「‥‥。」

彼 :「ただいま。どうしたの?」

義母:「夕飯はこの人にお願いしたの?」

彼 :「うん、そう。だって毎朝今日死ぬかもしれないっていうからさ。そんなに無理して欲しくないし、《私》の料理も食べたいし」

義母:「もういいわ。明日から一緒に夕飯も食べないから!!!」

夕飯から寝るまでが一緒に過ごす唯一の時間だったのですが、結婚式から1カ月で同じ家

にいてもほぼ顔を合わせなくなりました。

同居義母の攻撃で離婚を決意するまでの“もう勘弁して”の3つの話

でも顔を合わせなくなった分、義母の私への監視がスタート。

監視と言っても実際は、自分の部屋から私の行動を音で判断するというもの。

どういうことなのかというと、

①機嫌が悪いから部屋の外に出られません話

仕事終わりにスーパーに寄って帰宅した時、玄関の上がりに荷物やスーパーの袋をいったん置きますよね。

玄関の一番近くが義母の部屋だったので、私が物を置いた時の音を聞いて、私がイライラしているとか、機嫌が悪いとかを勝手に判断して彼や義姉たちにメールをするんです。

ちょっとくらい“パサッ”と音がしても「機嫌が悪いみたいだから、怖くて部屋の外に出られない。生きた心地がしない」って。

彼からは「母さんが《私》の立てる音に怯えているから、家では音を一切たてないように」と言われる始末。

後日、彼は私に消音スリッパを買ってきたり、ドアを閉める時に音がしないようにと吸音パッドを貼ったりしていました。

そういう義母は外に出たら死んでしまうからと言って、朝の6時からスリッパで廊下をパタパタと音を立てて何十往復と歩いていましたが。

フゥ‥‥。

彼を操れるとわかった義母は、次に今度は義姉たちや義母の妹も巻き込み始めます。

勘違いも甚だしい、

②夜トイレは使いません。その代わり●●●を使います話

ある日突然、夜の8時から朝の6時までトイレを使わないと義母からの宣言が。

なぜなら、水を流す音で私が起きてしまうから、だそうです。

私のことを思って言ってくれているとのことですが、はっきり言ってありがた迷惑です。

私も行くことがあるかもしれないので、お互い様ですしそれは生活音の一つ。

今まで何度もトイレに立っていた人ですから、我慢なんてできるわけがないと思い、もしも行きたくなったらどうするのかと彼に聞いてみたところ、“おまる”を部屋に置きたいとのこと…。

義母は義姉たちや義母の妹たちに「ここはトイレも自由に使わせてもらえない監獄」と話していたようで、彼のところに「トイレに行くなとは何事か、部屋に閉じ込めておくなんて虐待だ」と私への批判メールや電話が来ていたそうです。

一度もそんなこと言ったことないんですけれどね…。

ハァァァ‥‥

そして極めつきは、彼と義姉たち、義母の妹を巻き込んでの全員攻撃。

そんな話は絶対に受け入れられない、

③私の給料をすべて義母へ渡しなさい話

実はまだ話をする仲だった時、期間は1年なのか2年なのかわからないけれど、いったん離れて暮らしたいと話したことがありました。

なぜなら、義母より「怒らないから思っていることを話してみて」と言われたから。

以前義母は、自分を受け入れてくれる人や場所はたくさんあって、ここにいる必要はまったくないと話していました。

なので、それもあって言ってしまったんですね。

その時には「お金がないから今は無理」と言われ話は流れたのですが、その頃から私が義母を追い出そうとしていると話が回っていたそうです。

それから5カ月くらいが経った時、彼から「母さんが、もう2人で住めばいいって言っている。自分はどこかの街でホームレスになって生きていくからって。そうすれば《私》も幸せになるだろうってさ」と聞かされました。

そして続けて「母さんはそう言っているけど、姉たちや叔母はホームレスにさせるなんて絶対に許さないって言っている。《私》のために出て行ってあげるんだから、一人で暮らせるように給料を全部寄こすのが当たり前だって。僕もそうしてくれたら《私》の願いも叶うし、母さんも安全に生きて行けるから安心できる」と大粒の涙を流しながら言うんです。

‥‥‥‥。

もうロープ際に追い込まれ、立っているのがやっとの状態の私。

もはや完全に戦意喪失。

タオルが投げ込まれたところで、

“カンカンカーーン”

終了のゴングが鳴って、赤コーナーの義母の勝利です。

おめでとうございます。

同居義母の被害者意識は寂しさの裏返し

もうこう言われてしまったら、ここにいる意味はありません。

次の日の朝、出勤するふりをしてスーツケースとバックを持って実家に帰りました。

彼から、何度も帰って来いとの連絡をもらいましたが、私の答えは全力でNoooo!

2人だけで暮らしてきたところに私が加わり、彼の目が私の方に移ったことが寂しかったんだ、と今となってはわかります。

その寂しさを彼にはぶつけられない代わりに、自分が不当な扱いを受けていると言えば周りは自分の見方をしてくれ、私が攻撃的な人間に見えると思ったんでしょう。

義母が勝利を収めて、私は彼との離婚を選びましたが、まったく後悔はしていません。

今はとても幸せだから。

今回はどんなことがあったのかを中心にお話をしましたが、この経験からいくつものことを学びました。

いつかそれをお話できる日が来ますように。

ここまでのお付き合い、ありがとうございました。

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